フォーカスポイント 原因は未来

目標とかゴールとか
そういう「先のこと」を考えたり
決めなくてはならないとなると
なぜかモヤモヤしたりそわそわしたり
嫌な気持ちになったりする。

「今」のことを決めるのは早いが
「先」となると途端に逃げ腰になる。

なぜ他の人たちは目標があるの?
やりたいことに一直線にいけるの?
他のことは目にはいらないの?

人と比べるつもりはないけれど
どこかで何かを比べている。
自分が出来ていないことに
(比べても仕方ないのに)
どんどんフォーカスしてしまう。

何が基準で
何が自分の満足で
何が出来たらいいのか。
先のことが見えない
決めていないから見えるはずがない。

基準がないのに
比べることもないし
出来ていないと思うことも
おかしな話だ。

肝心な何かからいつも逃げている。
決めること?
いや、違う。
決めるのなんて簡単だ。
ほとんどのことは
自分の中に既に答えを持っている。
その方向に動き出すだけだ。

じゃあ何から逃げているのか。
すっとずっと体の奥の方に
どよーんと淀んでいるこの問題。

本当は解決したいなんて
思っていないのかもしれない。
だけど、表面的な私は解決したいと
常に思い、そのテーマに縛られている。

いったいいつまで続くのか。
それすらも最近は楽しく思えてくる。
開き直りというのかもしれない。
一生おつきあいしていくのだろうか。

やりたいことは制限をせず
ほぼやっているけれど
本当にやりたいことと
ちょっとやってみたいことの区別は
今のところまだついていない。

これこそ
「やってみなくてはわからない」
という体験重視の私のやり方。
とりあえずやってみると
思ったほどではなかったりする
ことの方が多い。
そうすると一つやらないと決まる。
地道な消去法。

なんだか非生産的な生き方のような
気がしてきた。
面倒な生き方なのかもと
今さらながら思う。
だけどやらなきゃ気が済まない。

出不精でインドア派、
そしてひとりで完結できることが
一番望ましいけれど
ひとりで生きているわけではない
現実もわかっているから
こうやって文章を書き
誰かにもやもやを知ってほしいと
叫んでいるのだ。

ああ、一つわかった。
写真を撮るのは言葉にできない
モヤモヤを視覚化してるんだ。
だから答えのない写真が好きなんだ。
なんだかわからない
その状態がもしかしたら
本当に好きなのかもしれない。

問題解決か?
いや、無限ループにさらにはまった。
もう、やりたいこと
面白いことしか目の前にはない
ということだ。
私の目の前の小さな出来事は
全て興味深い面白いことだから。

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